2019年07月31日

子どもの教育費への大きな不安〜市子育て支援ニーズ調査から

 京田辺市は現在、2019年度から5年間の市の子育て支援策となる「第2期京田辺市子ども・子育て支援事業計画」の策定中です。そしてその計画策定にむけ、市民の教育・保育・子育て支援について、現在の利用状況や今後の利用希望などを把握するために「子ども・子育て支援に関するニーズ調査」を行いました。

 同調査は、19年1月から2月にかけて、市内の就学前児童、小学生、それぞれ1500名、計3千名の保護者を対象に実施され、就学前児童では963通、小学生では1038通、の回答が寄せられました。

 アンケート方式の調査で、質問項目は大半は同じですが、就学前児童と小学生とでは、保育に対する必要性や放課後の子どもの過ごし方などで違いもあります。質問項目は40〜50項目に及び、それをまとめた結果報告書も170ページを超える分厚いものとなりました。この調査結果は市当局から市議会文教福祉常任委員会に対して報告されています。

 7月の教育委員会を傍聴した際にその概要を聞いていましたが、改めて調査結果報告書を見ていると、子育て中の家庭の暮らしの厳しさが見えてきます。
 「現在の暮らしの状況をどのように感じていますか?」という設問には、「大変苦しい」、「やや苦しい」と答えた方が、27.2%と全体の1/4を少し超えています。「普通」と答えた方は59.7%でした。
 また「現在、どのような悩みや不安を感じていますか?」という設問でも「経済的に困っている」と答えた方は16.9%と1/6にもなっています。

 こういう背景があるからこそ、子育てで「日頃悩んでいること、不安に感じること」に「子どもの教育や将来の教育費」と答えた方は、49.2%と半数にもなります。ちなみにいちばん多かったのは「子どものしつけ」の49.6%ですが、ほぼそれと同数です。

 そして就学前児童と小学生とで区別すると、「子どもの教育や将来の教育費」は小学生では52.8%になり、「子どものしつけ」34.2%を大きく引き離してダントツの一番となっています。子どもが大きくなるとますます不安も大きくなる現状は絶対、変えなければなりません。

 こういう暮らしの厳しさと将来の教育費負担への不安があるからこそ、「子どもや保護者にとって、現在または将来的に、どのような支援があるとよいと思いますか?」という設問では、「生活や就学のための経済的補助」と答えた方が42.4%と4割を超え、他の項目と比べても上位の数字になっています。なお「低い家賃で住めるところ」という回答も7.9%になっています。

 そして「あなたにとって望ましい子育て支援策は何ですか?」という設問では、「各種費用の減免や医療費の助成等の経済的支援」をあげた方が27%と、これも1/4を超えています。なお小学生を持つ保護者では、経済的支援の回答は32.1%になりトップになっています。

 生活の厳しさに加え、世界でも異常な高学費と重い借金を背負わせる今の奨学金制度のもとで、子どもが幼稚園、保育園、小学生の時から将来の教育費のことを心配せざるえない、とんでもない状況だと改めて痛感しました。

 先の参議院選挙で日本共産党は「くらしに希望を」と掲げ3つの提案をしました。その一つに「お金の心配なく、学び、子育てできる社会に」というのがあります。参院選で訴えてきたこの提案の実現のために、改めてがんばらなければならないと痛感しました。

 なおこの「ニーズ調査」では保護者の就労状況も聞いており、その中で「1日当たり就労時間」を見ると、父親と母親でけっこう差がありますが、父親で「8時間まで」となっているのはわずか2〜3%でしかありません。この点では「8時間働けば普通に暮らせる社会」というのも非常に大事な課題だと思います。
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2019年07月30日

代表質問の重点要求について 19年6月議会代表質問7

 代表質問ではこの間、私たちに寄せられた様々な要求についても幾つかとり上げました。

 京都府の老人医療助成制度(マル老)の給付水準を改悪前に戻し、拡充を京都府へ要望するように求めたのについては、「老人医療助成制度はほとんどの都道府県で廃止されてきた中、京都府では継続されている。今後も安定的に存続できるよう府に現行制度の維持を求めている。」という答弁にとどまりました。

 「市内全事業所の実態調査の実施、中小企業振興基本条例及び公契約条例の制定、住宅リフォーム助成の実施を」を求めました。担当部長から「今年度より市産業振興ビジョン中間見直しに向け昇降事業者のニーズ調査を実施し、中小企業振興をはかる。新たな条例制定などは考えていない。バリアフリー改修や耐震改修、店舗バリアフリーなど各種の支援制度を設けており、住宅リフォーム助成実施は考えていない。」と答弁がありました。

 「公共交通充実のための課題認識は。また公共バスの増便や、高齢者のバス代補助などの取り組みを。」という質問には、担当部長から「民間バスで主要な鉄道駅と各集落、公共施設を結ぶ利便性の高い公共交通網の維持を図っている。バス交通充実のために少しでも多くの方に利用してもらえるよう取り組んでいる。」と答弁がありました。

 南部住民センターの早期実現を求めたのには、担当部長から「その機能確保は重要と認識している。必要と考えられる機能や具体的な確保の方法について、民間施設の活用も含め幅広く検討している。」と答弁がありました。

 「市民向け水道料金の負担軽減にむけ、府営水料金引下げを府に求めるべき。また水道の広域連携・広域化には慎重対応を。」と求めたのには、担当部長から「府営水料金は利用者が理解し納得が得られるよう受水市町全体で府に求めている。広域連携・広域は府の動向や近隣市町の動向に注視していく。」と答弁がありました。

 これらの具体的な要求の実現については、今後も粘り強く取り組んでいきたいと思います。
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2019年07月29日

向日市議選・ときわ候補の応援に

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 今日は午後から、向日市議選の応援に行ってきました。昨日、告示された向日市議選は定数20に対し、日本共産党は6名が立候補しています。選挙全体では2人はみ出しの少数激戦で、日本共産党は現職4人と勇退する議員2人の議席を受け継ぐべく2人の新人が挑んでいます。

 私は昼過ぎから2時間ほど、現職のときわゆかり候補の候補者カーで弁士として街頭演説に取り組みました。向日市は日本有数の面積の小さい市で、そこで日本共産党は6人の候補者が担当地域を決めているので、一人一人の面積は小さいです。後で街宣場所など見ると、2時間でも一通り、ときわ候補の担当地域は回っていたようです。

 演説では、市民の暮らしの命を守る政治、希望と安心をもたらす政治をつくろうという事を中心に訴えました。向日市ではこの間、国保の都道府県化に伴って3年連続値上げをしただけでなく、介護保険料の引き上げや、ごみ収集の有料化につながりかねないゴミ袋指定制の導入など、市民に負担増を押しつける動きが顕著になっています。その一方で、JR駅周辺の大型開発には市も税金を70億円近く投入する姿勢を市長がうちだしています。

 暮らしよりも大型開発に多額の税金を投入する市政に、市長与党の自民、公明、維新などが「何でも賛成」で追随しています。
 だからこそ、どんな大企業からも1円の献金も受け取らない日本共産党を伸ばして、大企業優先の大型開発よりも市民の暮らし優先の市政をつくろう、そのためにときわ候補をはじめ日本共産党6人の議員団を今度も必ず実現してほしい、と訴えました。

 今日は午後から日も照りだしてとても暑い一日になりました。それに候補者カーは手を振るために窓を全開にして走るのでカーエアコンもほとんど利かなくて、2時間でもけっこう汗をかきながらの街頭演説になりました。向日市議選は今度の日曜、8月4日が投票となります。参院選での倉林さんの再選に続いて、日本共産党6議席を必ず実現できるよう期待しています。
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2019年07月27日

第6回戦争体験を語り伝え 平和を考えるつどい

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 今日の午前中、京田辺・綴喜戦争展実行委員会が開いた「第6回戦争体験を語り伝え 平和を考えるつどい」があり参加してきました。毎年夏に開かれる「平和のための戦争展」のプレ企画として、戦争体験を語り伝えていく講演会として開かれており、今年もお二人の方が講演されました。

 一人は立命館大学平和ミュージアムボランティアガイドをされている布川庸子さんです。1934年京都市伏見区で生まれた布川さんは国民学校5年生(11歳)の時に敗戦を迎えました。そして1993年に教員を退職し、平和ミュージアムのボランティアガイドに応募し、養成講座に参加されました。そこで自身が戦争をくぐってはいるけれども戦争のことを何も知らなかったと驚き、改めて日本の戦争の歴史を調べ、知ったことを伝えていこうと取り組まれています。

 布川さんは太平洋戦争の期間中は国民学校、今の小学校の時代であり、京都市内では学童疎開をしていた学校もありましたが、布川さんの通っていた国民学校では学童疎開もなく、また京都市内は大きな空襲を受けることもなく、戦場にいったわけではないので、直接、血を見るような体験をされたわけではありません。しかし子ども時代に過ごした国民学校の体験は、戦争体験そのものでもありました。

 一番上の写真は布川さんが書かれたイラストで、国民学校で子どもが一堂に集められその前で校長先生が「教育勅語」を読み上げる儀式の場面です。国民学校では「教育勅語」にもとづき「お国のために死ぬことをせよ」と徹底して教え込む場でもありました。
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 それを象徴しているのが上の写真にある「英霊室」です。そこは国民学校の中にもうけられ、祭壇があって戦死者の遺影が飾られ、みんなで後に続きますという誓いをさせられたそうで、まさに「教育勅語」を象徴するものだと思います。

 布川さんのお母さんは、国民学校の頃に布川さんがつけていた絵日記を保存されていたそうで、布川さんがそれを読むと、対米開戦前の絵日記は遊んで楽しかったということばかりだったのが、対米開戦後は兵隊さんの絵が出てきたり、家で防空壕を掘ったという絵日記も出てくるようになったそうです。

 なお当時はどの家でも居間などの畳をめくってその下に防空壕を掘っていたそうですが、それは実際の大空襲では役に立たなかったそうです。平和ミュージアムを訪問した大阪空襲を生き延びた男性が、布川さんに空襲後に家が焼夷弾で焼け落ちて、その家の下にあった防空壕で蒸し焼きになって亡くなった人たちの遺体を運ぶ作業をされたことを話し、「その感覚が今でも蘇ることがある、そんな体験を子どもには絶対させてはならない」と言われたとのことです。

 布川さんは日本は1942年6月のミッドウェー海戦での敗北を機に負け続け、それ以降は一度も勝利していないのに国内ではその事実を隠して知らせず、ウソの戦果まで報道させる一方で、「備えあれば憂いなし」として防空壕を掘らせたり、空襲の際には逃げるよりも消火活動に住民を借り出し、逃げ遅れたためにかえって犠牲者を増やすなどの被害を拡大させた事を批判し、「戦争の事実を隠蔽して嘘をついていた当時の政権は今の政権と似ているところがある。」と指摘されました。当時の国民学校での暮らしは、まさに戦争遂行を支え戦争の犠牲を国民に強いるものであったことを学んだ講演でした。

 もう一人の方は、府川さんと同い年で広島原爆被爆体験証言者の米沢鉄志さんです。この方のお話は5年ほど前に京田辺市の「9条の会」発足10周年のつどいでも聞かせていただきました。5年前と余りお変わりもなくお元気そうで、1945年8月、広島市内の電車に乗っている時に原爆に遭い、地獄のような被爆直後の広島の様子などをしっかりと語られていました。
 いずれも今の時代を考えさせる貴重なお話でした。

 なお京田辺市・綴喜郡地域の「第6回平和のための戦争展」は、8月6〜11日の期間、今日田辺市中央図書館のギャラリーかんなびで開かれます。私たちが住んでいる地域で、戦争にまつわるどのようなことがあったのかを知る貴重な展示がされます。多くの方に見ていただけたらと思います。
posted by こうじろう at 17:15| Comment(0) | 日常の取り組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月26日

学童保育指導員は2人配置を維持 19年6月議会代表質問6

 学童保育の施設整備の課題とともに、職員配置基準についての市の見解をとり上げました。学童保育では、国によって基準が示され、その中で1クラス(だいたい40名とされています)につき2人の職員を配置することが定められています。(内1名は資格保持者)
 それが自民党などは、1クラス2人の職員配置は費用負担などで大変だからと、運営する地方自治体の判断で1クラス1名(無資格者でも可)とする改悪を、5月末に強行しました。

 再質問ではこの基準改悪にふれ、1クラス1名でよいとする改悪には保護者や関係者からきびしい批判の声があげられていることを指摘して、市の見解を質しました。

 これには担当部長から「支援員も各クラス2人以上体制を確保し全ての希望者を受け入れている。本市では安全の確保などもあり現時点では引き続き2人体制でと考えている。」と答弁がありました。
 この問題では国の制度改悪に追随しない姿勢を示したことは良かったと思います。
posted by こうじろう at 16:17| Comment(0) | 市政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする