2017年10月05日

日本共産党の総選挙政策と赤旗10月号外

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 日本共産党は総選挙に向けた「2017年総選挙政策 安倍政権に退場の審判をくだし、力あわせて新しい政治をつくろう」を発表しました。

 冒頭に「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」と、日本共産党、社民党、立憲民主党が合意した以下の7項目の共通政策を掲げています。
1、これまで憲法違反を重ねてきた安倍政権がさらに進めようとしている憲法改正とりわけ第9条改正への反対。
2、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法など安倍政権が行った立憲主義に反する諸法律の白紙撤回。
3、福島第一原発事故の検証のないままの原発再稼働を認めず、新しい日本のエネルギー政策の確立と地域社会再生により、原発ゼロ実現を目指すこと。
4、森友学園・加計学園及び南スーダン日報隠蔽の疑惑を徹底究明し、透明性が高く公平な行政を確立すること。
5、この国のすべての子ども、若者が、健やかに育ち、学び、働くことを可能にするための保育、教育、雇用に関する政策を飛躍的に拡充すること。
6、雇用の不安定化と過密労働を促す『働き方改革』に反対し、8時間働けば暮らせる働くルールを実現し、生活を底上げする経済、社会保障政策を確立すること。
7、LGBTに対する差別解消施策をはじめ、女性に対する雇用差別や賃金格差を撤廃し、選択的夫婦別姓や議員男女同数化を実現すること。

 そして続いて10項目の重点政策を掲げています。さらにこれらを実現するための財源を示す「社会保障・教育の財源は、消費税にたよらずに確保できる―日本共産党の財源提案」も公表しています。いずれも日本共産党のホームページに掲載しており、多くの方にお読みいただきたいと思います。
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 また総選挙に向けた「しんぶん赤旗」2017年10月号外も発行されています。こちらの方は、京田辺市には明日の夕方くらいに到着する予定だそうで、届き次第、みなさんところへお配りしたいと思います。

 ただまた雨の降りそうな天気予報なのが心配です。総選挙は投票日まででも2週間ちょっとになってきただけに、雨が一日降ると大変です。昨日から朝夕はかなり肌寒くなってきましたが、日中、日が照っている中で日本共産党後援会ニュースを歩いて配っているとTシャツ一枚でも汗ばみます。気温の差も大きいですが残る期間、宣伝、そして住民の方々との対話にしっかりがんばります。
posted by こうじろう at 16:10| Comment(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

核抑止力論は北朝鮮核開発で破綻が明確に

 「しんぶん赤旗」日刊紙2017年9月12日付に、「安倍9条改憲をどうみる」と題した一橋大学名誉教授・「九条の会」世話人の山内敏弘さんのインタビューが掲載されました。その主な内容は、安倍首相がたくらむ9条を改悪して自衛隊を憲法に明記しようという動きの危険性やその意味するところを明らかにし、それを許してはならないと呼びかけられています。

 そのインタビューの最後の部分で、北朝鮮のミサイル発射と核実験で東北アジアの緊張が激化しているのではないかという問いかけに対し、山内さんは「北朝鮮の核開発の根底には『核抑止力論』がある」と指摘し、それが「北朝鮮にとっても決して有効でないことが明らかになりつつある」、「北朝鮮の核開発がアメリカとの核戦争を誘発する危険性を増大させている」と看破されています。

 この部分を読んで「なるほど、そうだ」と大いに納得しました。アメリカを始めとした核保有大国は「核の抑止力が平和維持に不可欠」と述べて核兵器廃絶に一貫して背を向けてきました。
 しかしそれが本当に事実なのかどうか。今あらためて検証してみれば、「核抑止」を口実に核兵器を維持し続ける事こそが平和にとって最大の危険性であることが明白になってきたのではないでしょうか。

 山内さんは最後の方で「日本も『核抑止力論』の呪縛から脱却して世界の122カ国が賛成した核兵器禁止条約に加盟して、核廃絶の国際世論を高めていくことが今こそ必要」と強調されています。この点でも本当にそうだと思います。核兵器禁止条約を世界全体に広げていく、そのための努力こそ日本はすべきだと思います。

 こういうこともよくわかる「しんぶん赤旗」もぜひ多くの方にお読みいただきたいと思います。「しんぶん赤旗」日刊紙は月極めで購読料は月額3497円、毎週日曜発行の日曜版は月額823円です。ご希望の方は、私またはお近くの日本共産党の議員、事務所までご連絡ください。
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2017年08月26日

梅田勝さんが死去

 昨日の「しんぶん赤旗」日刊紙に、小選挙区制以前の京都1区で日本共産党の衆院議員を3期つとめられた梅田勝さんの訃報が掲載されました。梅田さんは1972年の総選挙で初当選、定数5の京都1区で谷口善太郎さんと共に当選され、日本共産党が総選挙の同一選挙区で初めて複数当選するという快挙を成し遂げられました。

 その後、1976年総選挙で敗れたものの、1979年総選挙では京都1区で藤原ひろ子さんと再び複数当選を達成、1980年の総選挙で落選、1983年12月の総選挙で当選と3期、日本共産党の衆院議員をつとめられました。

 ところで私は1993年頃に、日本共産党京都府委員会で政策部門の仕事をしており、そこでは先輩であった現・日本共産党参院議員の井上さとしさんに日本共産党の政策活動についていろいろ教わりました。一時期、京都府北部の日本海に面した丹後地区委員会で活動していた時も、折に触れ井上さんに教わりました。

 つまり井上さとし参院議員は私の政策活動での「師匠」みたいな方ですが、実は井上参院議員は京都大学卒業後に梅田勝さんの秘書を7年、つとめられました。そして井上さんも梅田勝さんも様々な事を教わったと自らのHPで述懐されています。
 言ってみれば梅田勝さんは、一緒に活動した事はありませんが井上参院議員を通じて日本共産党の政策活動での私の「師筋」にあたる方でもあります。

 しかし実はそれ以外にも私には梅田勝さんに直接かかわる思い出があります。私は大学1回生だった1983年5月に日本共産党に入党しました。そしてその夏に学生党員を対象にした日本共産党の綱領や歴史、政策などを学ぶための一週間くらいの学習合宿が開催され、入党したばかりの私も「勉強してきなさい」と先輩に励まされて参加しました。

 そこで日本共産党の歴史=「党史」をテーマにした学習会の講師をされたのが1980年の総選挙で敗れ党府委員会の職員をされていた当時の梅田勝さんでした。

 日本共産党は1982年の党創立60周年を機に、それまでの日本共産党の歴史を戦前、戦後の綱領確定までの時期、綱領確定以降の時期と分けて全面的にまとめた「日本共産党の60年」を発行しており、私は「党史」の学習会ではその日本共産党の歴史の真髄を全面的に学べる学習会だろうと思っていました。

 そしてその学習会、講師として登場した梅田勝さんは衆院議員経験者とは思えない気さくな格好で、扇子であおぎながら丸一日の講義のほぼすべてが、戦前の日本共産党の活動とそれへの弾圧はどんなものだったかを見てきたように具体的に、リアルに、まるで講談みたいに豪快に迫力をもって語られました。

 それはそれで非常に面白く、しかも京都での弾圧も地名や時には店名(今もある老舗です)を交えて具体的に話され、「へぇー」と思うことしきりだったのですが、後から振り返ってみると「日本共産党の60年の歴史のうちの1/3くらいの話だったのでは?」という気もしました。

 それでも30年以上を経た今も強くその講義が印象に残っているのは、梅田さんのお話が戦前の日本共産党への過酷な弾圧を生々しく語りながら、一方でそういう弾圧に負けずに日本共産党の先達が闘い抜き、その歴史が数十年たったその時の日本共産党の発展の土台になっているという事を実に明るく楽天的に語ってくださったからだと思います。

 歴史の道のりは単純な一本道ではなくても、大きな目でみれば必ず前進するし、そのためにこそ日本共産党の先輩方が奮闘してきた事を、楽しく、そして確信を持って話された学習会として今でも懐かしく思い出します。
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2017年08月09日

ツバメのヒナの巣替わり?

 8月4日の記事で松井山手駅のツバメの雛が4羽から3羽になった事を紹介しました。その翌日、8月5日の土曜日、所用で午後から大阪へ行き夜に帰ってきたのですが、なんと!いつも見ていたツバメの巣の雛が5羽に増えていました!慌てて自宅へカメラを取りにいって撮ったのが下の写真です。
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 1羽、後ろを向いていますが巣の中に5羽の雛がいて、カメラの上に親ツバメが1羽います。これまで日がたつに連れて雛の数が減っていましたが、増えたのは初めてでびっくりしました。金曜の朝には確かに3羽しかいなかったし、元々も4羽だった雛がなぜ増えたのでしょうか。

 松井山手駅には、いつも紹介してきた改札の外の防犯カメラの上にある巣の他にも、改札の中の駅舎にも別のツバメの巣があります。前は改札を少し入ってホームへ下りる階段の天井部の隅にあったのですが、2順目に入ってから改札を入ってすぐにある防犯カメラの接続部のところに新しい巣ができています。

 5日の午後に大阪に行く際にその巣を見ると、外よりも少し大きくなった雛が4羽、そこにいました。その時は「こっちの方がよく育ってるな、先に巣立つかな」と思っていたのでしたが、夜に帰ってきた時にその巣を見ると雛は2羽に減っていました。「あれ、もう巣立ったのか?」と不思議に思いながら、改札を出ていつもの巣を見に行くと、そちらには5羽の雛がいました。

 二つのツバメの巣は直線距離にして十数メートルと近くにあります。一方の巣で雛が4羽から2羽に減り、もう一方の巣では3羽から5羽に増えた。これってひょっとして、2羽の雛が飛んでいったということでしょうか。昼間見たときには、巣立ちが近そうなくらいに育っていたのでそのくらいの距離なら、よたよたとでも飛んでいけそうです。

 いずれにせよ金曜朝には3羽しかいなかった雛が、土曜の夜には5羽に増えたのですから、2羽はどこかから来たとしか思えません。もしかしたら、改札外で最初に4羽いた雛のうち、いなくなった1羽も巣立ったのではなく、改札内の巣へ飛んで行っただけで、それが今度は改札内の巣から1羽つれて帰ってきたのかもしれないですね。

 雛が増えるというのはかなり大きな出来事だと思いますが、親ツバメはさして気にする風もなく巣のすぐ横で休んでいました。一つつがいのツバメが二つの巣をつくっているのかというとそうではなく、この時も改札内の巣の親ツバメはつがいで巣のすぐそばに止まって休んでいて、改札外の巣の方ももう1羽の親ツバメは少し離れた駅舎の天井近くの桟に止まっていました。
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 その翌日、6日の日曜日の朝、市役所前の平和のつどいの帰りに松井山手駅に寄って巣を見ると、今度は雛は3羽になっていました。
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 上の写真は昨日の朝、松井山手駅で定例の早朝宣伝をした際に撮ったもので、この時には雛は2羽になっていました。この時に、改札口から改札内の巣を見たら、遠くてはっきりと確認できなかったですが、そちらの巣にはもう雛はいないようです。

 土曜の夜以降、少し気になってちょくちょく松井山手駅に寄って改札外の巣を見ていたのですが、今日まで雛が増えたのはその時だけで、仮に雛が他の巣へ飛んでいっているとしても、滅多にあることではなさそうです。

 最後に昨日の夜に松井山手駅に寄った際に、つがいの親ツバメと2羽の雛の一家がそろって巣のところにいる写真が撮れました。雛が生まれてからは、親ツバメがそろって巣にいることはほとんどなかったのですが、珍しいですね。両端にいるのが親ツバメで、真ん中の2羽が雛です。雛はくちばしが黄色いですから区別がつきますが、身体も大きくなっており巣立ちは間近そうですね。
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posted by こうじろう at 18:30| Comment(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

ツバメのヒナは4羽。夜中の巣。

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 今朝は松井山手駅で定例の早朝宣伝です。終わった後にツバメの巣をのぞきに行きましたが、上の写真のように4羽のヒナが親ツバメが餌を運んでくるのをじっと待ってます。親ツバメもせっせと餌を運んできて、その度に大きな鳴き声をあげています。

 昨夜も夜8時過ぎに散歩をかねて駅まで巣の様子を見に行きました。夜のためか、親ツバメは巣のある防犯カメラのレンズ部分の上で休んでいるのですが、8時過ぎでも雛の方は結構いろんな物音や動きに反応して親ツバメが餌を運んできたのかと思って鳴いています。

 時々、つがいの親ツバメが巣のそばで休むのを交代するために飛んでくるのですが、その時も餌を運んできたのかと激しく鳴いています。下の写真はそうした時の一枚です。一時間くらい散歩して9時頃にもう一度、見に行きましたが今度は雛たちも寝たようで、物音に反応して鳴く事もなかったですね。
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 ちなみに夜なのでデジカメのフラッシュも点いたのですが、そのフラッシュに反応して雛たちが餌を求めて鳴く事もあります。その時は上の写真のようにてんでバラバラの方向に向かって雛たちが鳴きますが、日中、親ツバメが餌を運んできた時は雛たちも巧みに身体を動かしてみないっせいに親ツバメの方向を向いていきます。

 また今朝の宣伝の後に巣を眺めていると、1羽の雛が巣の中で上手に身体を反転させ尻尾の部分だけを巣の外に出してフンをしてました。「器用なもんだなあ」と感心しますね。
posted by こうじろう at 17:39| Comment(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする