2018年07月05日

総務委員会視察は中止に

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 今日、明日と総務常任委員会の視察研修で、福井県越前市、石川県金沢市を訪問する予定でしたが、西日本を広く覆った大雨の影響で、北陸本線などの運行休止のため、両市を訪問することができず中止となりました。

 当初は、9時45分に近鉄新田辺駅に集合、京都駅を10時40分発の特急サンダーバード15号で越前市武生駅に着いて、午後に越前市で「コンパクトシティについて」をテーマに視察研修、その後、特急しらさぎで武生駅から金沢駅へ移動し金沢市で一泊、翌6日午前に金沢市で「防災広場について」をテーマに視察研修、現地見学をして6日夕方に新田辺駅に帰着という予定でした。

 今朝の8時過ぎに議会事務局の担当者から、朝からダイヤの乱れが生じていること、その時点で10時40分発のサンダーバードは運休が決まったが、1時間後の11時40分発のサンダーバードは運行予定でどうするかと相談がありました。京田辺市でも大雨警報の発令がありましたが、雨脚は弱くなっている事もあり、今回は全体的に余裕のある日程だったので1時間の遅れならなんとなるだろうし、普通電車を乗り継いでも武生駅までならいけるのではということで、当初の予定通り、新田辺駅に集合して10時過ぎに京都駅に着きました。

 京都駅に着いた時点で北陸本線の特急は全面運休とあり、いったんは普通電車で行けないかと湖西線回りの電車に乗りました。その電車の乗務員さんにも情報を教えてもらったところ、敦賀までも行けそうにないということで、京都駅から二つ目の大津京駅で全員下車し、そこの駅員さんから詳しく話をお聞きしました。

 そこでの情報では、越前市まで行けるかどうかは不明で、仮に行けたとしてもとても研修が出来る時間帯ではないだろうし、その先についても11時頃の時点ですが、行けても芦原温泉駅までしか動かないのではないかと言われました。それで他の委員の方に諮って今回の視察研修は中止として、大津京駅から湖西線で京都駅〜新田辺駅に帰ってきました。新田辺駅に着いたのが12時前でした。

 さっき、インターネットでJR西日本の運行情報を見ていましたが、仮にあのまま湖西線に乗っていても今日一日かけても敦賀駅までいけそうにない状況で、やむをえないかったと思いますが、せっかくの視察が中止となったのは残念です。
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2018年06月27日

2018年度第1回京田辺市立図書館協議会

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 今日の午後、2018年度第1回京田辺市立図書館協議会が開かれ、傍聴して来ました。今日の議題は、17年度の図書館の利用状況と事業内容の報告、そして18年度の図書館事業計画についてでした。

 17年度の図書館の全体の貸し出し冊数は16年度より少し増えていました。本館での冊数は少し減っていましたが、移動図書館での利用が増えていました。また今日は年代別の利用状況についても議論がありました。冊数や利用ジャンルなどを分析しようという試みらしいですが、議論を聞いていると小さい子どもが作った図書館カードを親が利用しているケースもあるらしく、正確なデータをそろえるのにもう少しかかる感じでした。

 またリクエストや貸し出し予約の事なども話題になり、「本屋大賞」が発表されるとその夜のうちにインターネット予約が10件くらい入る事も珍しくないそうです。議論を聞いていると、住民の図書館の利用の実態などもわかってなかなか面白いですね。

 他にも図書館の職員体制や開館時間についても話題になりました。聞いていて、住民にとって利用しやすい図書館のために何が必要か、勉強になります。
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2018年06月24日

2018年度春季大住地域スポーツ大会

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 今日は大住地域の春のスポーツ大会がありました。昨日の昼に強い雨が降り、今朝も霧雨のような弱い雨が少しあったので無事、開催できるか心配でした。

 それでも7時過ぎには雨も上がり、日も射してきました。地域の役員の方達も、早めに会場の大住中学校のグランド整備などをされたようで、9時からの開会式が10分くらい遅れた程度で、予定通り、外で行う協議も含めて開かれました。

 大会には子どもの参加が多いですが、全部で600人以上の参加があったよいうで、無事、開催できてよかったです。
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2018年06月07日

「フランスの地方都市にはなぜシャッター通りがないのか」を読んで

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 今回読んだのは学芸出版社から2016年12月に出版された「フランスの地方都市にはなぜシャッター通りがないのか 交通・商業・都市政策を読み解く」で著者はビジネスコンサルタントでもあるヴァンソン藤井由美さんと、関西大学教授の宇都宮浄人さんです。

 本書の内容はほぼ題名にある通りで、今の日本でも地方都市の疲弊、シャッターが下りたままの店が増えてきた商店街などが大きな問題になっています。本書はフランスでは今、人口数万人からせいぜい2,30万人くらいの地方都市が賑やかになっている状況がいかにしてもたらされたのかを紹介したものです。

 フランスと日本とでは地方制度にも違いがあるので単純な比較は出来ないですが、少なくともフランスでは地方都市の中心街でも様々な小規模商店が健在で、「クルマ社会」ではなく「歩いて暮らせる街」として活性化しています。著者はそれを「コンパクト・シティ」の成功として、そこに至る背景を公共交通政策の大胆な展開を軸に紹介しています。

 上の部分だけだと「日本とフランスではそもそも歴史も文化も違うから昔からそうだったのではないか?」と思われるかもしれません。私も本書を読むまではそういうイメージがありました。
 しかしそうではなく、1980年代頃までのフランスの地方都市は、郊外に大規模店舗が出店し客足がそこへ吸い寄せられる、しかもその移動手段は自家用車が基本で当時は市街地の中心部は渋滞や駐車スペースの不足で、少し前の日本の地方都市とよく似た状況にあったことが示されています。

 フランスでは「そういう街のままでいいのか」「豊かで充実した暮らしの出来る街をつくろう」と1990年代頃からLRT(トラムトレイン・日本で言う新型路面電車)や、BRT(バス高速輸送システム)を積極的に導入し、中心市街地を人々がゆったりと歩いて楽しめる広場にしそのための生活を支え潤いを提供する多彩なお店がある街へと変貌しています。

 その経緯などは本書に詳しいですが、その街づくりの根幹に公共交通政策がありそのための社会資本の思い切った投下もあります。LRTが導入され便利になったとはいえその運賃が高額だと逆に利用は伸びません。LRTの運賃収入は平均経費の3割弱らしく、他の経費は公共財政によって賄われています。それだけの意義が認められているということでもあろうかと思います。

 フランスと日本の条件の違いもありますが、フランスもかつては日本の地方都市と同じような状況であったところから、日本とは異なる政策を選択する事によって地方都市の活性化を生み出したという点は大事なことだと思います。日本でも地方都市を元気にするための取り組みを成功させる展望を感じさせる一冊でした。
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2018年06月06日

小諸市の市街地再構築の背景 総務委員会17年度視察報告5

 今日の記事は5月30日の記事「小諸市のコンパクトシティの概要 総務委員会17年度視察報告4」の続きです。
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 小諸市では市街地中心部に市役所や総合病院などを隣接して整備されていますが、その事業の背景にあるのは、いわゆる国のいう「コンパクトシティ」とは少し違って、住民の切実な要求がありました。

 小諸市の小諸駅はかつてはJR信越本線の主要駅の一つで東京へ直通する「特急あさま」が停車していました。それが97年10月に北陸新幹線が長野まで開通した事によって、信越本線では第3セクター「しなの鉄道」になり特急が廃止し、東京直通便がなくなり大きな影響を受け、地元経済や観光にもダメージがありました。小諸駅の乗降客数は2000年をピークに年間で50万人減少、中心部の人口も30年間で8千人減少し空洞化がすすみました。

 そういう時に地域医療の中核的役割を担っていた「小諸厚生総合病院」(1960年開設)が建物の老朽化もあり、周辺にある他の医療施設と統廃合して大幅に縮小される可能性が出てきました。また小諸市役所の旧建物も1964年の建築でこちらも老朽化と耐震強度の不足などの問題が出て建替えが課題となりました。

 つまり、市街地の活性化、病院の再構築、市庁舎整備、の3課題に対応する必要が出てきたのです。そして09年3月に当時の小諸市は「街再生計画案」として、市役所と800m離れた小諸厚生総合病院を交換移転してそれぞれ新築する、小諸厚生総合病院にそのために30億円の財政支援を行うということを打ち出しました。

 具体的には市庁舎機能を近隣の別施設へ仮移転してそこで市役所業務を行い、旧市庁舎を取り壊してその場所へ総合病院を建設する、そして総合病院が完成、移転後に今度は総合病院を取り壊して新市庁舎を建設する、というものでした。

 この計画案を公表してそこから約2年半にわたり市民的な説明に取り組まれています。その中では病院移転に対する意見が出されたり、11年3月の東日本大震災を踏まえ災害対策の考慮などが必要という意見も出され、12年3月にほぼ今の形となった市庁舎敷地一帯での整備方針へと大きく転換しました。

 ところが12年4月の市長選挙ではその転換した計画の全面見直しを掲げた市長が誕生した事から再び、全市民的な議論が起こりました。そしてその新市長も病院維持などの声に押されて、12年3月の市庁舎敷地一帯での整備方針に踏み切り、事業がスタートしました。

 09年3月の計画案公表から、大幅な方針転換も含めて事業開始までおよそ3年半の期間がかかっています。この期間について小諸市の担当者の方は「3年半に及ぶ時間を要したが、多くの市民的な議論が行われ全市民的な合意形成ができたのであり、無駄な時間ではなかったと思う。」と話されていました。この点は非常に大事な点だと思います。

 そして新たに整備した市庁舎や病院には食堂を設けていないそうです。それは両施設の職員だけでもあわせて約800人、それに来訪者も多いと思いますが、街の活性化につながるように、外のお店で食事をとってもらうように配慮したとの事でした。小諸駅から小諸市役所までは歩いても5分程度でしたが、町の規模から考えるとけっこう飲食店が多いように思えたのもそういう努力がされていたからかなと納得しました。

 小諸市の担当者の方は最後に、「施設が完成したからまちづくりが終わったとは考えていない。今後、商店街などとどのように協力していくのか、地域公共交通の充実をどうはかるのか、まちなか居住をどう推進していくのか、という3つの課題がある。」「市民の意見を聞きながら市民とともに進める計画が必要。市民と共同でまちづくりに取り組む、市民が将来の計画に責任を持つことが大切。」と話されていました。
 3年半にわたり全市民的な議論を経て、大きな事業に取り組んできた職員のみなさんの実感のこもった言葉だと思います。京田辺市でも、この視点をしっかり踏まえてまちづくりをすすめる事の重要性を感じた視察でした。

(終わりです)
posted by こうじろう at 17:52| Comment(0) | 議会の外で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする